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立場を知る -立場が喜びを伝えるー

人にはそれぞれの立場がある

人は生まれ落ちたその瞬間から、立場が発生している。

赤ん坊には赤ん坊の、子供には子供の。大人には大人の。 夫(妻)には夫(妻)の。

社会に出れば社会から立場が与えられている。

人は年を取ればとったようにその立場がある。

どの人も立場の中で生き、世の中を渡っていくのです。

人生の中で立場を知る

人は成長と共に立場を知っていく。

立場を知るということは、己を知らないと出来ない立ち振舞いである。

人生経験が浅いうちは、自分が何者なのか理解しておらず、理解が追い付いてないから立場を超えたような行動や、発言をしてしまう。

その立場を理解出来ていないことが悪いことだとは言わない。ただ、相手の立場に対して理解を深めようと努力するその姿勢が、少しずつ『自分』『相手』というものの立場を理解らせる足掛かりとなるのである。

人と共に生きる

自分と他人とが生み出す世界が様々なしがらみを生み、悲しみや苦しみ多くの感情を増幅させているかもしれない。

でも、人間にはそれだけではない関わり方が出来るのだ。

人と共に生きることは大変さもあるけれど、相手を理解でき自分になれることが、自分を深く理解ことへと繋がるのだ。

自分を嫌っているうちは誰のことも好きになることは出来ないが、自分のことを好きになれれば、他者のことも好きになることが出来るのだ。

他者を好きになり、他者との歩幅を合わせて生きるようになることこそが『共に生きる』であり、これこそが『共生』なのである。

時間をかけてお互いが特別な人間になっていく

人は誰でもすぐに友達になったり、親友になったりはしない。

親友に発展するまでの過程で、相手の気持ちや相手の立場を想像し考え、相手をいたわる気持ちを示し続けることで信頼関係は生まれていく。

自分のことを、自分自身が理解できるまでには多くの時間をかけて、向き合ってきた時間があります。それは何にも代えがたい特別な時間です。

自分自身との時間と、相手と紡ぎだしてきた時間は本当に特別な時間なのです。

その紡ぎだした時間こそが 自分の立場や相手の立場を理解させるものに変化していくのです。

一歩一歩同じ道をあることで見えてくる相手の真の姿

皆が同じ年齢、同じ体力ではない。歩く速度も違えば、休憩するタイミングや長さも違う。

ひとつひとつが違うからこそ、見えてくるものがあるのです。

相手と自分とが織成す出来事の数々は、違いを深く知るきっかけとなる。

高齢者は若者に対して経験が浅いからと寛容に見守ってくれる。

若い者は周りを見る余裕がないから、なかなか相手との歩幅を揃えて歩くことができない。

そんな我々のことも「それでいい」と受け入れてくれる。

大きく道を踏み外さない限り、自分で歩かせ、色々な物の見え方や景色を見せて教えてくれているのだ。

これが『愛』である。

その立場が愛を生む

この見守りが私達を今日まで育て導き、見えないベールで包み込み、守られて生きてきた。

愛に育てられたのである。

立場を知ることは、自分自身の中の愛を育てることであり、愛の花を咲かせることである。

人はそうして育てられ、一人前のように立ち振る舞えるように成長するのである。

立場が教えるもの

人はそれぞれがそれぞれの力で人生を歩ていく。

躓く時もあるだろう。道にハマり進めなくなる時もあるだろう。転んでしまう時もあるだろう。

でもそんな時、私達を助けるものは温かな見守る眼差しであり、転ばないように歩く歩き方ではなく、転んだ後の立ちあがり方なのです。

多くの経験をしてきた諸先輩方だからこそ、やたらに手を出したり、口を出したりしない。

無駄に怖がらせず、歩む勇気を与えて経験させることができるのは経験者だから出来ることである。数え切れないほどの経験がそれを支えるのである。

あなたも私も、多くの人に見守られて

今日を生きている。

様々なしがらみが面倒になったり、何かがうっとうしく感じるときもあるでしょう。

それは、間違った感情ではありません。

自分のその湧き上がる感情を素直に感じて、今を生きれば良いのです。

 

まだ、若いから見えないことであり、見えない時期を過ごすから見える時が来るのです。

自分を否定することなく、今の自分を

大切に一緒に生きて行きましょう。