心と身体のバランス

自分が心を病んだ経験は、きっと誰かの手助けになる。

自分のためだけに生きる大切さ

人間がこの世に生れ落ちて、人間の社会を生き抜くことは子供にとっても大人とっても大変な大事業です。

自分自身とのお付き合いも大変です。

自分という人間が何者かが掴めないうちは、いつだって手探りです。

小さい頃は特に自分というものはなく惰性で過ごすが、大人になるにしたがって少しづつ自分というものが形成されていく。

様々葛藤を通して、自分という中身が練り込まれていきます。

自分の中身が練り込まれるこの時間こそがとても重要で、自分のために存分に時間を使う必要があるのです。

人間形成から始める人の道

人間は皆同じです。

違う考え方や違う生き方があるように見えても、人間の持つ悩みは一緒です。

この人生を生き抜くこと自体が『人の道』なのです。

庫に人生を生き抜くこと自体が『人の悩み』なのです。

人間の社会に身を投じ、その身を世のため人のために使う中で、自分の生き方を模索していくのです。

この険しい道のりに一体何があるのか?自分がそれに立ち向かえる勇気があるのかどうか探りながら歩みを進めていくのです。

人生経験が浅いうちは、自分のことで必死過ぎて他の何も目に入らないものです。

目の前の出来事に翻弄され、それを処理することで手一杯です。

その繰り返しの中に自分を見つけながら生き、壁にぶち当たりながら生きるのが人の道なのです。

悩みの経験こそが救いの道

人は悩みを嫌います。

それはなぜなのでしょうか?

それは、おそらく苦しいからです。

悩まないでいたいと誰もが思っているのではないでしょうか?

悩むことは苦しみを伴いますが、悩んだ分だけ人として成熟して、器を広げるような矯正の出会いをします。

『受け入れる』ための器作りです。

大人になればなるほど、子供の頃になかった経験をするようになります。これらの経験を上手く自分の中で咀嚼できるようになるための練習が『悩み』の正体です。

多くの悩みに遭遇しておけば、ちょっとやそっとでビックリしたり、ぐらつくことはありません。

経験が自分を支えるのです。

悩むことは人生を輝きに変える大事なプロセスなのです。

悩みと恐怖心

一見、悩みは私達を苦しめる『悩みの種』的なものだととらえている方は多いのではないでしょうか?

悩みは、時に私達の歩みを止め、立ち止まらせ、方向性をも見えなくする時があります。

悩んでいる渦中は、それはそれは恐ろしく感じるものです。もう、前に進むことすらできないような、前に進んだらその先は崖なのかもと錯覚するほどです。

そのような恐怖心は私達の前進したい気持ちを奪います。

心の傷が癒えるころ、その恐怖心が頭を持ち上げます。

でも、その悩みに殺されることはないのです。

悩んだ分だけ強くなれる

沢山の悩み、解決出来なそうな悩み、様々な悩みがあり、生きていれば多くの悩みを経験すると思います。

苦しくて苦しくてどうしようもない経験をしながらなんとか乗り越えて生きている私達は、自分が思っている以上に強く、解決能力も高くなっているのです。

自分自身を救い上げることもできますし、他者の悩みを聞く余裕だって生まれます。

心がそれだけ広く、強くなっているのです。

あなたの悩み は 誰かの救い

悩みは人それぞれでありながら、実は誰でも似たような悩みを持っている。

多くの人生経験は自分に苦しみも与えるが、いずれそれは思い出へと変わり、それを胸に力強く前に進めるのである。

その前向きな姿は相手を勇気付け、前を向かなければと思う気持ちへと変化さていくのである。そのうちには『前を向いて私も歩きたい』とまで思わせるほどのエネルギーを持つようになるのだ。

自分の悩みが相手の心に作用して輝きを放つのである。