コントロール

悩むことを恐れるな!! 悩ん分だけ強くなれる!!

悩み

人間は生きている限り悩む生き物である。

悩むことを恐れてはならない。

悩むことで道を模索し始め、悩むことで決断していくキッカケとなっていく。

悩む時間が長引くことを恐れたり、悩むこと自体を避けて通ろうとする行為は、後々自分を苦しめる材料となるだろう!

悩みの正体とはなんだろう?

では、悩みはどうして起こるのか?

恐らく、ほとんどの悩みの原因は、『やるか?・やらないか?』の選択に迫られた時ではないかと思う。

やれない理由がそこにあったり、自信がなかったり、怖かったり、様々な理由がそこにはあるのではないだろうか?

悩みの原因は、外的要因と内的要因から出来ているのである?

悩むことは悪くない

悩みは後から後から出てくる。

ある種、尽きることがないと言ってもいいでしょう。

人間は生きている限り、様々な出来事や、様々な人間関係に心を動かされながら生きている。

人間は常に動き回り、多くのものに触れるからこそ生まれいる悩みだと言える。

悩むことは、立ち止まっているような、独りぼっちになっているような気がする場合がある。

悩むことでしか出せない答えがそこにはあるのだ。

脅迫観念と不安

悩むことに恐れや不安を抱き、『立ち止まってはいけない』『何か成果を出さなければ自分は認められない』『結婚していないから幸せになれない』・・・etc。

それらは、自分の外側や自分以外の誰かに、自分の幸せを委ねているからであろうと思う。

それが証拠に、忙しく仕事をしていないと不安に駆られる人達や、疲れ切っているのに自分に鞭打って、過剰なまでに他人に尽くそうとする姿は、誰かの役に立っている。という充足感を得ようとする行為ではないだろうか?

まさに、不安に突き動かされている状態といえるだろう。

 

また、悩んでいる状態は立ち止まっているような姿に見える。

そのような状態に更なる不安や恐れを抱いてしまうのである。

 

そもそも立ち止まってはいけない・・・なんてことはないし、誰もそんなことは言ってはいないのである。

それなのに、自分の中の何かが、自分自身にそう思わせてしまうのである。

立ち止まることで、自分だけが置いていかれてしまうのではないだろうか?という懸念が自分の中の不安をさらに増幅させるのではないだろうか?

自分自身を見つめる

立ち止まり、自分の立ち位置を再確認することは決してマイナスに働くことはない。

新たな出発をするのに、大きな役割を果たすのである。

 

傍から見て、何の悩みもなく走り続けることは一見、素晴らしくも見え、輝かしく感じるだろう。

だが、走り続けてしまうことは、速さで何も見えなくなってしまうのである。

本来、立ち止まるべきところで立ち止まれば、問題を置き去りにせず、早く手を打てるものを、走り続けてしまったがために気がつかずに時間が過ぎてしまうのである。

自分が今、どこに立ち、何をしているのか?どうしたいかを考えるには、立ち止まる勇気が必要なのである。

立ち止まると、どこかみんなと足並みが揃っていないように感じるが、実はそこに”人生における最も重要なカギが隠されているのである。

だから、落ち込むことを恐れてはならないのである。

じっくり、しっかり落ち込んで足元を見る時間が出来たのだから、喜んでその時間に浸ることが大切なのである。

充分落ち込んで、また 立ち上がれば良いだけのことである。

しっかり落ち込む込むことができたあなたは、確かに強くなっている!!