ストレス

不幸を他人のせいにするのは止めよう

生き方

職場や友人など周りに「人のせいにする人」は いるだろう

あなた自身も「人のせいにする人」になってはいないだろうか?

そう言う人は、どんな事に対しても人に責任を押し付けてくる。

なぜなら、人のせいにしておいた方が都合が良いからなのだ。

人のせいにしていられるうちは、自分の本当の心を見ないで済むし、それと同時に見なければ痛みも伴わなくて済むからである。

例えば、その「人のせいにする生き方」が、仮に間違っていなかったとしよう。

職場や地域社会の中での人間関係において、何かしらの間違えが生じたとしたら、それは100%相手方の責任だろうか?

・・・どうでしょうか?

それは違います。

人間関係における間違えで、どちらかが一方的に悪いということはあり得ないのである。互いのかかわり合いの中から生じた出来事なのですから、お互い様な部分が絶対的に存在すのである。

人間関係というものはもともとそういう言う形から成り立っているのである。

他者が、私という人間の人生に責任を取れるはずがない。

フレデリック・パールズ(ドイツ系ユダヤ人 精神科医精神分析医)は、ゲシュタルト療法の創始者は次のように話している。

「子どもの頃に、両親が私を愛してくれなかった。それが私のすべての不幸のはじまりです」と語る方は少なくありません。けれども、他者と過去は変えることができません。他者が過去に、自分にしたことを今から消し去ることはできないのです。

 

今の人生に満足していない時、「幼い頃に両親が私のことを十分愛してくれなかったからだ」と、過去や他者にその原因を求めることが、私たちにはしばしばあります。

したがって、他者が過去に自分にしたことを、自分の不幸の原因として思い描いている限り、その人に真の幸福はやってきません。

親が、自分に愛情を注いでくれなかったと言い続けたら、何かが大きく変わるのだろうか?

一生涯かけて同じことを言い続けるのが関の山だと、私は思う。

不幸を他人のせいにするのはもうやめて、そして、ただ自分自身を生きよ。あなたの人生に対して責任を取れるのは、あなた自身だけなのだから。他の誰もあなたの人生に対する責任を取ることなんてできないのである。

”今” を生きよう。

考えてみれば当然のことではある。人生のこの冷厳な事実を直視し、過去へのとらわれや、未来への空想に逃げるのをやめて、今というこの瞬間に全力で生きるのだ。

 

一九六〇年代にアメリカ西海岸を中心に、一大ブームを引き起こし、ヒューマン・ポテンシャル・ムーブメント(人間性回復運動)をリードした、人間性心理学のカリスと言えば、フレデリック・パールズです。

人は、なぜ悩みや苦しみにとらわれてしまうのか。パールズはこうむえました。「過去に○○ かあったから……」「○○○があったから、私は今こうなってしまった」と過去のつらい出来事にとらわれてしまっているからである。

あるいは、未来について、「○○になればいいのに」「私の人生は絶対○○であるべきだ」 と、あれこれと空想ばかりしているからである、と。「過去へのとらわれ」と、「未来への空想」が私たちの悩み、苦しみの源であると考えたわけです。では、どうするか。パールズの処方箋はきわめてシンプルです。

「過去へのとらわれ」や、「未来への空想」に逃げるのをやめて、「ただ、今ここを生きること」。今この一瞬一瞬に全神経を注ぎながら生きること。「未来への空想」や「過去の回想」に時間を費やし、心の中がそれに覆われてしまうことによって、人間の不幸は生じている。それをやめて、今ここでの自分にただ集中,て生きていく。

それによって私たちは、さまざまな悩み苦しみから解放されるのです。

自分のために生きる生き方

私は私のことをして、あなたはあなたのことをする。

私は、あなたの期待に応えるためにこの世にいるのではない。

あなたも、私の期待に応えるためにこの世にいるのではない。

フレアリック・パールズ

ヒューマン・ポテンシャル・ムーブメント(人間性回復運動)の中心にいたパールズが、自らの考えをシンプルに伝えようとして書いたのが、「ゲシュタルトの祈り」という詩です。

この詩は、「自分の人生に責任を持つことができるのは自分自身だけなのだ。自分を幸福にできるのは自分自身だけであり、自分を不幸にしてしまっているのも自分自身なのだ」という人生の真実に目覚めさせる力を持っています。

自分が自分の人生の主人公になって生きる――これが自己実現です。

私たちを自己実現から遠ざけてしまう最大のものは、誰かの期待に応えようと生きることです。他の人の期待に応えたいがために、自分を見失ったまま毎日を過ごしてしまい、次第に「自分はいったい何をしたいのか」、自分でもわからなくなってしまうのです。

真実の生き方に目覚め、自分の人生をいきるのです。

常に自分が自分自身に対して、何に対して興味があり、それをどのように表現していくかを考えることこそが、自分の人生を生きるということである。