コントロール

頑張ってしまう人ほど『うつ』になる

『うつ』ってなぜ、偏見が多くなるの??

最近、うつ病に対する社会的認知度があがってきました。

しかし、それでもまだ偏見は根強く残っており、認識違いをしている方も多いようです。

なぜ、そのようなことが起きるかと言えば、鬱病という病気そのものが単なる落ち込みとは全く違うものだからではないでしょうか?

かなり長期にわたって酷く気分が沈み、憂うつな気分に支配され、回復の兆しさえも周囲の人間が様子を見てとれないため、どう接するれば良いのかわからなくなってくること、プラス かなりの長期戦状態が続くことで、周囲も疲れてくる。

その疲れが、鬱病という病気から人を遠ざけてしまう大きな原因であり、理解する機会を失くしてしまう要因ではないかと私は感じています。

恐らくその疲れは、人をうちのめすほどの疲労感を覚えさせ、人間が一番嫌がる疲れなのです。そして、『もう、結構!』『もう、お腹いっぱい』というくらい受け入れ困難な心境にしてしまうのだと思います。

その味わいたくない疲れを感じたことによって、疲れの元凶となるおおもとを遇らう言い方をしてしまう流れなのだと思うのです。その結果、出た言葉が『鬱病なんて、怠け病だ』『やる気のない人がかかる病気だ』なんていう言葉になってしまうのだと思います。

うつ病を理解出来る人いるのかな?

鬱病を理解出来る人は絶対にいます!!

私は、夫の鬱を命がけで支えました。命を断ってしまう人もいますが、命を断たずに、なんとか生き抜いた人は絶対に理解者です!

苦しすぎて苦しすぎて、『今、自分だけがこんな辛い目に遭っているのではないだろうか?』なんて考えちゃうと思います。・・・私もそうでした。

辛い思いをしているのはあなただけではありません!!

なかなか理解してくれる人に出逢えなかったとしても、必ず理解できる人に会えます!!

気づいて下さい!!  頑張りすぎています!!

一生懸命頑張る人は、『もっと 頑張れ!』『まだ出来るはずだ』などと、普段から自分自身に言っているのではないでしょうか?

無理して頑張って頑張ってどうしようもなくなった時、一生懸命頑張る人は、自分の心に更なる負担をかけてしまいます。『お前は、そんなこともできないのか!』『情けないことをして!』と、自分自身を責めます。

責めることによって自分をもっと頑張らせようとするのです。

そうやって自分を走らせ続けた結果、疲れ果てて、その疲れ果てた心は責められることに耐えきれなくなります。

疲れ果てた心は、その辛さから何とか逃れようと暴走して、心がコントロール出来ない程傷ついてしまうのです。

だから、『頑張れ』と、言っちゃダメ!!

鬱になってしまうような人は、ストイックに自分を追込み、孤独と絶望が引き金となって『鬱』を発症してしまいます。

もう、これ以上頑張れないところまで来て『鬱』になってしまっているわけですので、『頑張れ』は禁句になるのも理解できます。

一生懸命やったのに、出来なかった < 不甲斐なさ を増幅させる形となり、不甲斐なさを責められているように感じてしまうのです。

悪気無く言ったその言葉が、相手の心を傷付けてしまう事実がある事を知っておくことは、とても大事なことです。

『頑張れ』は、疲れた心に追い打ちをかけてしまい、最悪の事態を引き起こしかねない言葉です。

”禁句” を理解することは、相手を大事にする言葉=心です。

一生懸命にやる人は、まだまだ頑張り続けようとしてしまう人なので、そのことを理解して接してあげる優しさが大事です。