介護

高齢者の現実 病院と施設

社会と高齢者

現代は高齢化が増々加速し、2050年には6人1人が高齢者になると言われています。(現在は11人に1人が高齢者と言われていることから考えただけでも、倍近く高齢者が増加することになる。)

生活水準も向上し、栄養が良くなったことで長生きの傾向になったと言えるでしょう。

 

私が10歳(1980年代)の頃は、お年寄の面倒を家族で見るのが当然でした。亡くなるまで家で面倒見るのです。

ですが、私が30歳(2010年)を迎えるころには、「家の畳の上で死にたい」というお年寄りの言葉をよく聞くようになりました。というもの、面倒をみていた家族が腰を痛めたりなどの体調不良で家での介護が困難となり、病院や施設に預けるように変わっていったことで、お年寄りが病院で亡くなることが増えたからでした。

自宅。

「やっぱり家が一番!」「「我が家が一番落ち着く」と、皆口を揃えて話します。

家族と苦楽を共にした我が家が一番の想い出であり、自分の居場所なのです。

でも、様々な事情で家族自身も問題を抱え、面倒を他人に委ねなければならなくなったのです。

私達看護師も家に帰れるものなら帰してやりたいと思うから「そうだよね。そうだよね。」と、話を聞いてあげることしかできず、状況を変ることは非常に困難なのです。

病院にいることで表情が乏しくなり、病院にいることが寂しさを募らせてゆく。元気になったはずのお爺さん・お婆さんが、どこか活気がなくなっていくのです。

良くなったのに、家の事情でなかなか引き取れなず、病院から施設に移動する場合だってあります。結局、家にひとりで置いておけないし、食事の心配だってしなければならないからです。

 

 

現在の病院の在り方は、治療する必要性がある方はその治療が終わるまでは入院していて構いませんよ。という考え方です。

しかし、何の治療も手術もしないけど、入院させておいてほしいというのは受付ません。という考え方です。

かなり高齢になると、積極的な治療や、ましてや手術なんてしたがりません。病院側も

そのような高齢化に伴う弊害で、経営が難しくなるのと同時に、病院として具合が悪くなった人を受け入れる間口が減ってしい、機能が低迷してしてしまう現象が起こってしまうのです。

どちらにとっても、やるせない胸の詰まる思いが残る社会のあり様と言っても言い過ぎではないかもしれません。

高齢者の家族と施設

家族が核家族化し、夫婦共働きとなると、なかなかずっと一緒にいることは出来ません。

身の回りの世話やご飯などしてやれないことばかりです。

おひとりで過ごすことが多くなる高齢者のほとんどは、会話もなく、ひっそりと過ごしていることが多いようです。

入浴もひとりでは危ないので、家族が帰って来てからとなると、無理があります。大人一人風呂に入れることは、赤ちゃんを入れるのとはわけが違います。

そこで、施設が家族の代わりに入浴や食事・運動などをお手伝いするのです。

施設ではレクリエーションなどもしていて 時間を楽しく過ごして頂けるような工夫もしています。体なども動かすような軽い体操も取り入れているので、運動不足になりがちな高齢者が自ら進んで取り組める雰囲気となっています。

高齢者の方の中には、家を追い出されるような印象をお持ちの方もいるかもしれませんが、高齢者のご本人とご家族が健康的に過ごすには、大切な場となっていることも事実ですし、社会的に大きな役割を果たしているのです。

 

 

ー施設の利用には様々な方法があります。ー

1:デイサービスで利用してみる。

2:ショートステイで、泊まってみて体験する。

3.施設に見学に行き、決定していく。

どのような場所で、どのようなサービスが受けられるかなど、体験・納得してご利用いただけます。

おしゃべり仲間やお茶飲み友達、いろいろな方と触れ合うことが出来ます。笑顔も増えると思います。

ご家族様だけで悩まず、思い切って利用してみたら『よかったぁー』ってなるかもしれません。まずは見学や体験を通してご検討ください。