鬱病

鬱と私

鬱病という病気について深く理解したのは、主人が鬱になったのがきっかけでした。

*この私の体験談を通して、1人でも多くの方にこの病気の理解をしていただきたいと思っています。

それぞれの立場 

私は、キャリア20年のベテランナースです。

精神科で働いていて、多くの精神患者様を看てまいりました。

精神科で働くきっかけになったのは、その前に勤めていた透析病院の患者様に接したのがきっかけでした。

そのきっかけとなった出来事は、いくつも重なる点があります。

皆さん共通して言えることは、生きることに戸惑いを感じているということ。”生きる意味” ”生き抜くことの辛さ”  ”死を考えてる自分がいる” という事実です。

 

 

透析の病院で働いている私はまだ20代になったばかり。看護師として右も左も判ってない新人でした。

透析という治療は、腎臓を悪くされた方が、ネブライザーという人工腎臓の膜を使って、水分の除去や老廃物の除去をし、綺麗になった血液を身体に返血するという治療(血液透析)のことです。

この透析治療のほとんどは、大抵の場合死ぬまでやり続けなければならない治療なのです。

治療開始する方のほとんどは 具合が非常に悪い状態で治療が開始させるため、受け入れが悪く、話するのも ”やっと” という状態で入ってきます。

家庭があって、ご自分が大黒柱だったりすると、この先の人生に対して茫然自失になっているように見てとれました。

『一生透析』を突き付けられ、複雑な心情を抱えながら生きていく後ろ姿を、私なりに見てきました。

そんな辛い日々を、それぞれの人が自分らしく、どうにか受け入れながら生きているのが

見ていて痛いほどわかるのでした。

ある日、透析患者さんのおひとりの方が、職場で「使えないから、もう辞めたら」と言われ、男泣きされていました。

家族のため、お金がかかる世代のお子様のために、肩身が狭い思いをしながら懸命に働いているのにも関わらず、上司に追い打ちをかける言葉を吐き捨てられ、憤りを隠せず、私達に涙ながらに打ち明けてくれたのでした。

私も何だかとても悲しくなりました。

透析からも逃げたい。自分の人生からも逃げたい。出来ることなら消えてしまいたい。死んでしまいたい。死にたいけど死ねない辛さの中で、懸命に生きている人に対して更なる地獄を突き付けたその上司に腹が立ち、涙がこぼれました。

”生きる” を考える

多くの人がそれぞれの人生において、様々な生き辛さを抱えています。

皆、それぞれが自分の力で何かを乗り越えて生きている。悩みや苦しみあると思います。

他人に打ち明ければ解決出来ることから、打ち明けてもどうにもならないこと、打ち明けることを諦め、内に秘める苦しみ、どんな苦しみも言葉では言い尽くせないのです。言葉にしてしまうことで、変に説明出来てしまうことが、軽んじられて捉えられることに繋がっていき、共感されないまま置き去りになってしまう感情があります。

”生きる” ということは、悩みと共に生きるということだと私は感じています。

主人が鬱だった時、誰にも相談出来る人はいませんでした。”死にたい” ”死にたい” を繰り返す主人を死なせてあげることも出来ず、「お願いだから 一緒に生きて」と「お願いだから、今日だけでいいから生きよ。」と懇願し、生きる意味を考える日々でした。

鬱病は辛い病気です。長く険しい迷路に入り込んだようです。

・・・出口が見つけられないのです。

私も彷徨いました。出口は無いのかとさえ思うほどです。

生きるということは、生きている限り、迷路を彷徨わなければならないということだと私は感じています。

その迷路を、共に歩んでくれる人がいるだけで、勇気が出て出口が見つけられるような気さえするし、元気な足取りで進むことが出来るのです。

だから、苦しみを分かち合える人や、場所が絶対的に必要なのです。

 

私は、この経験を一人でも多くの方に伝えて、鬱に苦しむ方が1人でも救われるような働きかけをしたいと思っています。

寄り添うことは、口で言うほど簡単ではないですが、それでも私は寄り添いたいのです!!